
左から、山磨貴幸、井筒伊久磨(ナイスコーポレーション)、明石建宏(ワイヤード)
B Corpに認証され、新たな人材が入社されたことで良かったこと、期待できることはありますか?
井筒) 活気が生まれ、いいエネルギーが循環していること自体、会社の財産になっていると思います。未経験の人が多く入ってきましたが、同時に何十年とやってきている熟練の技術者もいるので、そうした人材を育てる環境が整ってきました。最初の2〜3か月はファクトリーマネージャーが付きっきりで技術的なことを教えた後は、その下で働いているスタッフに引き継ぎ、現場が回るように連携を取っています。
山磨) B Corpを取得したことで「人を育てる」資質を持っている方が、入社されたことがとても大きいと思っています。ファクトリーマネージャーを務める女性は、B Corpに認証されたアウトドアウェアとギアを製造・販売する会社におられた方で。「ナイスコーポレーション」さんに興味を持ったのは、そうしたこともひとつのきっかけだったそうです。これまでにいろいろな会社組織で働いた経験を持たれているので部下を見る目があり、どういった言葉がけをすればいいのか見定める経験値がある。やっぱりB Corp認証に理解がある人は、おそらくそういう資質を持っている方が多いのではないかな、と。
B Corpに認証されることによって、キーパーソンを引き寄せられることもあるということですね。
山磨) ファクトリーマネージャーを務める女性が入社されたことで現場のスタッフが何を思い、感じているのか。どういったことを課題と捉えているのかが、とても把握しやすくなり、より適切なアドバイスができるようになりました。彼女は感覚的な言葉ではなく、理解しやすいように緻密に言語化して伝えてくれます。それに加えて、社員一人ひとりに合った言葉をかける能力に長けていて。自分がラインに入ることもできるし、ラインから抜けてマネジメントまでできる人はなかなか稀有な存在だと思います。「ナイスコーポレーション」さんにとって、支柱的な人材と言える方です。
明石) 工場には職人気質な人が多く、コニュニケーションを深めて連携を図るよりも、黙々と作業に集中する能力に長けている人も多いので、貴重な存在ですね。
井筒) 同感です。
B Corp認証後、人材に恵まれて社内のコミュニケーションに変化が現れたのですね。
井筒) 会社全体がどういう方向を目指しているのか。ちゃんと伝えられているから、風通しが良くなっているのだろうと思います。社員に対して給料や何かしらの形で還元できないと不満が生まれ、いずれは離職してしまう。そうならないためにも、会社が利益を上げられるように適切な取引を増やしたり、海外に視野を広げたりすることも必要です。海外の事業者から声がかかりやすくなるかな、と想像していた部分がありますが、こちらはまだまだこれから。力を入れていきたい部分です。やはり、会社が一方的に社員に成果を求めるだけではいい関係が作れません。そうしたことも常に意識しています。

明石) 私はまだまだうまくコミュニケーションが取れていない実感があるので、そうしたことは課題のひとつです。
岡部) 抱えている課題と向き合うとき、B Corpはある種の客観的な指標になってくれますよね。山磨さんのような第三者が客観的に現場の話を満遍なく聞いて、問題点を洗い出し、現場の人とコミュニケーションを図ることもとても大事なことなのではないかと思います。
井筒) うまくマイルドに伝えてもらえていると思うことは多々ありますね。僕は10年後の未来について話しているけれども、社員の人たちが見ているスケールは週〜月単位の目標だったりもする。それぞれの役割が異なるので、第三者である山磨さんの目を通すことによって、関係性がグッと近くなり、お互いに対する理解が深まることが多々あります。具体的なイメージで話すと、僕が5〜10年先を見ているなかで「この先、1〜2年くらいの見通しはこんなイメージなんです」と伝えてくれているイメージです。
岡部) そういうことは、コンサルに携わる人の業務だったりもしますが、なかなか信用しづらいところがあったりもしますよね。コンサルとの違いを感じていることがあったら教えてください。

井筒) 僕がいつも言っていることなのですが、「会社にもうひとつ脳みそができた」というイメージなんです。山磨さんは僕にとってのいい相談役。山磨さんには実務の話を細く共有し、うまく言語化して現場に伝えてくれている。岡部さんには5〜10年先の未来の話を相談しています。
明石) 山磨さんは一般的なコンサル業の方の働きとは異なる印象があり、現場目線に立って誠実にアドバイスしてくれます。山磨さんに相談するようになって、ずっと話が進んでなかったことが、確実に進んでいっているんです。僕は考えすぎてなかなか物事を前に進めることができないところがあるので、アドバイスをいただけることが助かっています。

山磨) みなさんにそうおっしゃっていただけると、与えられた役割をしっかり遂行できていると言ってもらえたようで、安心しました。僕の仕事は、その成果を売上や利益といった数字で表しきれない部分がありますが、僕が関わることで、現場で働く方のモヤモヤが少しでも軽減されたら、と思いながら日々行動しています。僕はあまり自分の専門領域を決めないスタンスで仕事をしていきたいと思っているので、B Corp専任アドバイザーという認識で働いてはいません。会計に関わることもやりますし、社員の方の賃金をどうあげていくのか、という人事設計もします。うまくワンストップで対応できるようなアドバイスを提供したいと考えています。そのために、多角的な視点を持って向き合えるように努力しています。
明石) 山磨さんと連携することで本当に少しずつ良くなっていったことがあります。僕らがずっとできなかった社内の環境整備だったり、従業員の満足度を上げることだったり。そういった点に置いて、前に進んでいる実感があります。それが、会社の売り上げにも繋がっていることを少しずつ感じてきています。

岡部) 環境整備をすることは意外と難しいことだと思うんです。会社を経営している方でも全く重要視しない方もいらっしゃるように思います。明石さんはどういったタイミングで重要視されるようになったのでしょうか?
明石) それは僕自身、社員のみんなとコミュニケーションを取れていなかったことについて問題視していたから。工場に行っても誰かと話をする機会も少なく、現場をさらっと見て、「みんな頑張ってくれているな」と心の中で思って立ち去るようなことが多かったんです。社員のみんなからすると、社長はすごい忙しい人なんだろう、と。そう思っているから声をかけづらかったようなんです。そうした状況を打開したいという思いがあるので、社員ひとりひとりとのコミュニケーションに配慮した行動を心がけるようになりました。たとえば、うちの会社の工場内では、飲み物をこぼしたらいけないので、飲みものは決まった棚に置くというルールにしているんです。その場所に遠い人もいれば近い人もいて、ある一人の社員から「集中して作業していると場所が遠いとどうしても飲むのを忘れてしまう。もっと近くにあれば……」と言う声が上がって。そうしたら、山磨さんがすぐに調べてくれたんです。「明石さん、こんな強力マグネットの安定感のあるドリンクホルダーがあります」と教えてくれて。それを導入した数日後に「社長、あれよかったわ」と言ってもらったりして。些細なことですが、そうしたケアが社員の方の「働きやすさ」に繋がるということを、山磨さんを通して教えてもらえました。社内の環境整備は、そうしたささやかなコミュニケーションも大切だと思っています。
岡部) ドリンクホルダーをプレゼントするといったコミュニケーションは、当たり前なようで当たり前ではない、という気がしますね。シンプルな言葉に置き換えると「思いやり」ということだと思うのですが、そのアクションの根底にある考え方に興味があります。
明石) コミュニケーションを取らなくても仕事そのものは成り立っているんです。でも、実際は「みんな同じ船に乗っているけれども、会社がどこに向かっているのかわからない」と社員から言われたことがあって。結局は「満足度」につながってくるんですよね。たとえば給与面において、この先会社がどうなるかとか、方向性を全く伝えられていなかったんです。そこを少しずつでも伝えられるようになりました。僕、個人のことで言うと、自分がやればやるだけ会社は良くなる、という勝手な想像をしていたことが間違いだとあるとき気づいたんです。実際に現場でやってくれているのはみんなであり、何よりも大事なのは社員のみんなであることにあるとき気付いて。少しずつですがそういうことに向き合えるようになりました。

山磨) その壁を壊すのが結構、大変でしたね。コミュニケーション量というのが絶対的に足りていないというのが、僕が最初に入った時から感じていたこと。僕が入った当初は一部で反発もありましたし。そうした状況を打開しようと、忙しい中でも月・水・金は朝礼をして、各部隊が、事務所に集まり「生産の話をしましょう」というところから始めました。目の前に流れてくる製品を縫製する毎日の先に、一体何があるのか。近い将来をイメージして、紙に落として、半期の面談の時に明石さんの口から一対一で伝えてあげる、というところから始めましたね。
岡部) B Corp認証への挑戦や山磨さんとの出会いによって、会社そのものに前向きな変革があったことはとても喜ばしいことですね。明石さんの会社「ワイヤード」は、親御さんから受け継がれたのでしょうか?
明石) 「ワイヤード」は自分が立ち上げた会社で今年24年目を迎えます。会社を立ち上げるまでの3年くらいは、祖父の代から続く、学生服のカッターシャツの会社の手伝いをしていました。入ってみたら自転車操業で安い工賃で“値段勝負”のような経営方針で。このままだといつまで経ってもよくならないということで、何度も話し合いの機会を設けました。それでも結局のところ、会社が向かう方針に納得がいかず、独立することに。ミシンを親父から買い取り、スタートしたのがはじまりです。
岡部) なるほど。そういった経験があるから少しでも会社内の環境を良くしよう、という視点に繋がっているんですね。
明石) そうですね。大それたことを僕は言えないですが、やっぱり、縫製の作業はとても地道な割に給料が安いという問題があります。そのことに対する悔しさをずっと抱えているので、社会的な立場や地位が少しでも向上するように変えていきたいと思うんです。


岡部) 僕も本当にものづくりには価値があるものだと思っています。そういうところとB Corpがいい形で結びついて、適正な評価が生まれると理想的だと思います。経済的な方向以外に進む思想がB Corpの中である程度設定されているので、それを踏まえてどのように事業を展開するかという話ですよね。
山磨) B Corpは最終的には労働環境を整えてあげるためのものだと捉えています。この先の未来、人手不足が問題になることは見えていますから。人が企業に存在し続ける状態を継続するひとつの手段としてB Corpがあるんじゃないかな、と。やはり、きちんとした労働環境で働く人材とともに技術が残っていくと思うんです。それを第一に考えたい。その結果、井筒さんと明石さんのようにB Corpという価値観で繋がっている同士、また新しい結びつきができるのではないかと。そうしたコミュニティを大切にしながら、今後どのように会社を存続していくかどうかを真剣に考えることが大切ですね。
岡部) そうした現場感ってすごく重要ですよね。B Corpの話になると、どうしても視点が上がってしまいますが、関わっているひとたちがより良くなることの先にものづくりがあるということは、改めてすごく大事なことだと思いました。トップダウンの組織形態である大企業と異なり、より独自性を見出しやすい中小企業がB Corpに関わることの面白さなのかな、と。
井筒) そうですね。自社メディアでの発信だけではなく、他社メディアに取り上げていただく機会もいただき、会社の取り組みや労働環境について発言できる機会が増えたように思います。そのこと自体、前向きなことだと捉えています。
明石) この記事もそうですが「ナイスコーポレーション」「ワイヤード」という名前が出て、それをいろんな方に見ていただく機会が増えると思うのですが、より一層、会社をちゃんとしないと、と襟を正すところがあります。
B Corpに認証されたことによって業界からの見え方、反応が変化されたと感じることはありますか。
井筒) 海外の展示会でB Corpに認証されていることにフォーカスして気にかけてくれる人も少しずつ増えてきました。あとは、アウトドアウェアとギアを製造・販売する会社の講演会に呼んでいただいたことも。付き合いのある工場が10〜15社程度集まるインナー向けのもので山磨くんと僕が登壇し、B Corpについてお話をさせていただきました。
山磨) そのときに印象に残ったのが、関西の老舗縫製工場を営んでいらっしゃる方。最初はB Corpの実体についてあまりイメージが湧かない様子でお話を聞かれているように僕には見えたんです。最後に皆で感想を述べ合う際に、B Corpに認証されたことで『ナイスコーポレーションという会社のあり方がよりポジティブに変化したのだと思いました』とおっしゃっていて。まさしくその通りで。それはすごく本質をついた言葉で、ご自身の感覚としてB Corpの本質をわかられているな、と感じました。そのほかにも「最近縫製職という仕事を続けることに悩んでいたけど、お話を聞いてまた頑張ろうと思いました」と言って泣いている方もいたりして。
岡部) B Corp認証に時間を投資することは、とても贅沢なことだと思います。「縫ってナンボ」という業態で仕組み上、何十年も難しいとされてきたことに対して向き合うことなので。
明石) 本当にそうですね。やはり文化的な生活がちゃんとできる賃金水準に見合った給与を自分なりに解釈することも大切で。会社の状況と照らし合わせて、対峙していけたらと思います。
