B Corp特集 #04 工場がB Corpに挑戦する意味とその先にあるもの / 前編

Products Story

アメリカの非営利団体「B Lab™️」が運営する国際認証制度が「B Corporation™️(Bコーポレーション)」です。環境、コミュニティ、顧客、従業員、ガバナンスといった視点から社会や環境に配慮した公益性の高い企業に対して与えられるもので、B Corp(Bコープ)の通称で知られます。「企業のあり方」そのものを対象にすることから、事業の透明性や公益性、説明責任などの厳しい基準をクリアすることが求められます。

その認証取得はまず、環境、コミュニティ、顧客、従業員、ガバナンスの5分野から評価査定されるオンライン認証試験「B Impact Assessment(Bインパクト・アセスメント、以下BIA)」で200点中80点以上を取得することが求められます。そのうえで、法的要件の整理、企業運営への質問に対する回答、BIAの求める基準に沿った社内規定などの提出を経て、最後に口頭でのレビューが行われます。取得後も更新は3年ごとに行われ、再びBIAを受けて評価を更新、さらに自社の取り組みに関する「B Impact Report(Bインパクト・レポート)」の提出と公開が求められます。



「ナイスコーポレーション」は2023年4月にB Corpに認証されました。ここでは代表の井筒伊久磨、同じ地域でシャツを中心としたカジュアルウェアの製造をし、B Corp認証を目指している「ワイヤード」代表の明石建宏、外部パートナーとして取得に携わった山磨貴幸、そして「ナイスコーポレーション」のブランド構築の戦略を牽引し、B Corp認証のきっかけをつくった建築家の岡部修三で、認証後の現状とこれからの未来について語り合います。

 


 

 左から、山磨貴幸、井筒伊久磨(ナイスコーポレーション)、明石建宏(ワイヤード)

「ナイスコーポレーション」は2023年4月にB Corp に認証されましたが改めて、認証に至るまでの背景をお聞きできたら。

 

井筒) 僕らの仕事は、ハイブランドからラグジュアリー、カジュアル、ワークウェアまで企画、仕上げ、出荷まで“ワンストップ生産”を実現する独自のスタイルを確立しています。しかしながら、そうした僕らの仕事が成り立つのに十分な工賃の支払いが、なかなか業界に受け入れられない、業界に受け入れられない問題が前提にありました。会社の従業員一人ひとりが豊かに暮らすためにはどうしたらいいのか。その問題に向き合おうと思ったのがきっかけです。

 

岡部) 井筒さんに初めて会ったときに現場を見せてもらって。いま抱えているジレンマについて話を伺いました。僕個人としてはものづくりをするということ自体、とても価値があると思っていて。ものを作れる人がどんどん減っていくなかで、ものづくりの技術があることは、確実に重要なことだと思います。それでいて、正当な評価はなかなかされづらいところがあるのも現実。実際に工場で働いている人たちは、自分たちがやっていることについて「本当にこれでいいのか」肯定しづらい部分があるのかも、と思うところがあって。そのときにちょうど、B Corpのお話を井筒さんにしました。その結果、会社の新たな取り組みとして面白いアクションかもしれない、ということになったんです。このプロセスを経て、改めて認証を通じて客観的な評価がもらえることは意味があることだと感じています。

 

Bcorpに認証されたメリットやポジティブに変化されたことを教えてください。

 

井筒) 僕が代表になって4年。代表者が変わればやはり、会社の色は変わります。さらに、B Corpに認証されたことを発信することで、新規の仕事を増やすことよりも難しい「人を増やす」ことが叶いました。同じ思想を持った人がともに働く仲間になってくれて、会社は確実に若返りましたね。取引先や仕事関係者が工場を訪ねてきたときに「活気があっていいですね」とお声がけいただくことも増えています。たとえば、「労働環境の整備」としては、作業工程における工賃をノートに細かく書き出して、全員が自分のやっていることを理解し、納得できるような仕組み作りをするようにしています。加えて、スキルアップのための丁寧な指導を心がけるなど、会社としての育成方針がしっかりとできました。あとは、自社のH Pでの発信、取材を受けたメディア等で「社会に対して良いインパクトを与える、より質の高いクリエイティブを目指す工場」として紹介していただけたことで、僕らの取り組みを少しずつ知っていただく機会が増えたことも喜ばしいことです。ナイスコーポレーションの取り組みに共感してくれて興味を持ってくれた大阪の服飾専門学校の先生が訪ねてきてくれたこともあります。そうしたことは、B Corp認証の影響が大きいと思っています。
 

山磨) 僕の仕事は、代表の考えや社外での活動を社員にうまく翻訳して伝え、繋げていくこと。B Corpに認証されたことで、社員にとってどういうメリットがあるのか。会社としてのこれからの姿勢や、具体的に何が変わったのかを明らかにすることが大事。その一環として、毎月「売り上げ説明会」の場で、会社としての姿勢を社員に伝える時間を設けています。内容としては先月の売り上げと比較し、各個人の反省点を聞くなど。加えて、半期ごとに会社の業績に関する報告、今後の会社の方向性について、資料をスライドで見せて共有します。それを踏まえた上で下半期をどう進むのかを伝えます。中小規模の会社では、基本的に社長は外注先を回るなど多忙で会社にいないことが多く、社員の方からすると、何をやっているのか見えづらい部分はどうしてもあるので細かな共有は非常に重要なことで。また、社員の「満足度調査」を通じて、会社に対してどう思っているのかを一旦、僕のところに集約します。それでみんなが実際に感じていることを理解し、改善できるところは改善していく。そうしたことをやり続けることで、会社にいい循環が生まれます。

明石) とてもためになる話です。「ナイスコーポレーション」さんがB Corpに認証されたと聞いて、面白い取り組みをやっているな、と感じていました。労働環境の整備や人材育成についてきちんと取り組んでいる。そうしたことは僕らにとって課題だったので井筒さんに直接話を聞いてみたんです。

 

井筒) 岡山県倉敷市・児島という地域で活動する同業者ということで面識はあったけれど、それまであまり深い話はしていなかったですよね。僕らがお付き合いしているメーカーがシャツ製造を一緒にやってくれる工場を探していて「ワイヤード」さんを紹介したことはありました。そういった関係性なので明石さんが「B Corpに認証されたい」と思われたときに、山磨さんを紹介しやすかったです。狭い業界にいるから、同業者同士はいい交流を保つことは意外と難しいけれど、明石さんとは親しくさせてもらっています。

 

明石) そうですね。井筒さんとは考え方が近く、気持ちいいコミュニケーションができていたので相談しやすかったんです。うちの工場は中国から実習生の受け入れをしていたのですが、10年前に止めまして。その理由は技術を覚えたら3年で自国に帰ってしまうという問題があったから。実習生が主役で、日本人が脇役みたいな状態が続いていました。「日本人だけで本当にできるか」と周りからいろいろと言われる始末で、実際、トライしても今までのようにものの製造がスムーズにいかないことが続きました。さらに、人材を募集しても人が集まらないというスパイラルで。すべて会社に原因があることは分かりながらも、どうすることもできない状況が続いてしまっていたので思い切って相談してみました。
 

「難しさ」というのは、倉敷市児島地域特有のものなのか、それとも業界特有のものでしょうか。

 

明石) 仕事における縄張り意識のようなものは昔から根深いものがあるんですよね。

 

井筒) それは感じますね。特に自分たちの上の世代にはそういった風潮があって、なかなか横のリレーションがないのが実情。だから、今日みたいに「ワイヤード」さんを訪ねて「会社の工場を見せて」とはなかなか言いづらいものがあります。実際に見せていただくと勉強させていただいた点が沢山ありました。

 

明石) 今回、井筒さんにうちの工場に来ていただき、お話しができたこともとてもいい交流だと感じています。もちろん、それは誰とでも可能なことではなく、井筒さんの考えや人柄ゆえに成り立つ関係性があります。
 

井筒) 仲間だと思える人とこうしてお話できること自体、貴重なことだと思いますね。B Corpに認証されているとある程度、ベースの思想やものさしは似ていて、業務上取り組むべき内容について共通認識があることも大きいかもしれないです。縫製工場の代表が集まる組合があるわけではないので、こうした小さな交流や連携から少しずつ業界自体を発展させていければと考えています。

 

岡部) そうですよね。B Corpは僕の中では「認証」というよりも「意思表明」だと捉えています。要するに、そこからスタートする。やっぱり、工場としてスタンスを表明することに意味があると思うんです。いろんな方にそういった“読み解き”をしてもらいB Corpを捉えてもらえたらいいですよね。B Corpは2006年に発足し、浸透具合としてはまだまだ初期段階といえます。それゆえに取得している企業は、本当の意味で思想を持った経営者が多いと思います。

 

B Corpに認証されたのち、経営状況を社員に共有することで具体的にブラッシュアップされたことを教えてください。

 

井筒) いままでトップダウンで仕事を完結していた、というところから、社員の意見を受け入れながら会社作りをしていくということにチャレンジしています。山磨さんからもあったように半期に1回、社員に「満足度調査」をしています。その内容を確認すると満足してくれている方もいますし、また違う要望も出てくるもの。大きな具体例で言えば、田万川工場の古い汲み取り式トイレを、浄化槽を入れた水洗トイレに改装したり、社労士を招き有給取得について説明会を開いてもらったりしました。

 

社員の「声」がダイレクトに伝わる、風通しのよい環境ですね。

 

井筒) 会社としての透明性が上がりました。

 

山磨) 調査を始めた2回目以降「もっと休みが欲しいです」という声が、ドーンと上がってくるようになりましたよね。経営者はそうしたことに向き合う胆力が必要。井筒さんは、「はい、こういう意見が出ました」と皆を集めて公に発言するようにしていますよね。一対一だと、個人の世界観の話で終わってしまいますが、みんなの前で議題に上げることはとても意義深いことだと思います。

 

井筒) 「こんな意見が出た」という事実をシェアできると、社内で擦り合わせがしやすくなるメリットがありますね。同僚が「こんなこと考えていたんだ」と知る機会にもなり得ます。まだまだ途中段階ですが、社員が気持ちよく働いてもらえる環境作りを心がけたいです。

 

B Corpに認証されたことでコミュニケーションがよりいっそう円滑になられたのですね。技術面で向上されたことはありますか?

 

井筒) 社内テストを始め、それに伴い評価制度を作りました。たとえば、年に1回、勤続1年目の社員にファイブ(5)ポケットのジーンズを作ってもらい、それを評価します。そこで納品水準を満たすことがスタートラインになり、より高度なミシン技能を習得しているかどうかを、段階的に個別に検証していきます。できていない場合は、テストの追試をやって、できるようにクリアしてもらいます。その後は個人練習に移行します。わからないことがあったら、「どうやって縫ったらいいの?」と当事者意識を持って、周りの人に質問し、技術を磨いてくれるようになりました。そうしたアクションが始まったことは前向きなことと捉えています。

明石) うちの会社は製造のためのマニュアルを自社で作っています。写真で図解し、手順をガイドしたものを冊子にしています。

 

井筒) マニュアルをきちんと作っているんですね。

 

明石) 生産ラインに入る前に3か月、長い人は半年、裁断したものを縫製する作業を訓練していました。今後はその作業について半年〜1年のペースで試験をして、個々のスキルアップを図りたいと考えています。

 

井筒) 「マニュアルが欲しい」という要望はうちの会社にも出てきていました。技術は口伝えで感覚的に話をすることが多かったので。動画を撮って「YouTube」にアップするという話もあるのですが、なかなか伝えづらいものなんですよ。いつも同じものを作るならマニュアルがあってもいいのですが、作っているものが日々違うので対応がなかなか難しいところです。

 

明石) 基本的な手順を書面化するのも良さそうですよね。うちの会社だったら、たとえば、レギュラーカラーのシャツとか、ベーシックなアイテムになるかと。

岡部) 手順書や動画があるときっと、いい方向には向くんでしょうね。この話はどこでしても驚かれるのですが、宮大工は昔よりも今の方が上手い、という話があって。勝手に昔の宮大工の技術が素晴らしくて、今の宮大工の技術は劣る、というイメージがありますよね。少し前まではそうだったんですけれども、現代ではさまざまな技術者と連携してデータのやり取りをしたり、昔の資料を読み込んだり、人間にできないことはコンピューターで手を加えたりして従来のやり方に現代ならではの工夫を加えている。そうすることで、「昔よりも上手いんじゃない?」という声が出てきたようで。技術を習得する際に、昔は親方に質問することが怒られるような気風があったと思います。今はそうしたことがなくなってきていて、個人のやる気さえあれば、いろんなことを調べられる時代でうまくなるスピードも早くなる。業界として面白いフェーズに入っていると思います。縫製業界ももしかしたらそういうことがあり得るのかもしれないと思いました。

 

明石) 手先の器用さ、向き・不向きというのはもちろんありますが、達者な人は動画を見るだけで縫い方を習得する力があると思います。

 

岡部) そうしたちょっとしたことで、いろんなことを変えていけるのでは、と思うところがありますね。

 

井筒) 技術伝承のための動画をまとめて共有する取り組みはやってもいいかもしれません。

 

岡部) そこから先は個人の取り組みに期待したいところですね。
 

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