左から、山磨貴幸、井筒伊久磨(Nice Corporation)、岡部修三(upsetters inc.)
取得の前後、そして取得に向けた動きのなかで、変化を感じられたことはありますか。
井筒) 認証取得による仕事の広がりはこれからに期待ですが、リクルート面ではすでに効果が出ています。これまでアプローチをしてこなかった服飾専門学校や大学から連絡があり、会社訪問の数も増えています。国際的にミレニアル世代やZ世代は、企業が社会や環境へいい影響を与えることを重視するという調査も出ています。若い世代が興味を示してくれることは当初からの目的ですからうれしいですね。近年は社員の若返りを図って採用を進めており、若い世代を受け入れる環境も整った時期に重なったこともいいタイミングだと感じています。
岡部) これからの社会では企業の倫理観がますます求められます。そしてそうした同じ価値基準をもつ企業間のつながりが経済活動に結びつく時代が遅からずやってきます。企業の姿勢を示せることはB Corpの利点のひとつで、今回いち早く取得できたことはナイスコーポレーションのこれからに大きな意味をもつでしょう。入社を求める人が増えたことは、すでにこうした姿勢に共感した人が集まる最初のフェーズを迎えたことを示すのかもしれません。おそらく次は企業姿勢への共感から仕事を受注するようになり、最終的には倫理的な企業との仕事を必須とする世の中にシフトしていくでしょう。いまは企業姿勢が少しずつでも伝わることに期待したいですね。急激に効果を求めるものではないし、価値観の共有や共感で他者と繋がることが望ましい。B Corpの内容は経済的な利益と反すると、矛盾を感じる人もいると聞きます。しかし今後は、それが矛盾しない世の中になる。新しい循環の形にうまく繋がるきっかけのための認証といえるでしょう。
山磨) 逆説的ですが、ナイスコーポレーションはこれから収益と利益を原資に社会環境配慮の取り組みを行う必要もあります。そのためにもB Corpを事業規模の拡大に活かしたいところです。B Corpのムーブメントを持続させるためにも、ビジネスとしての成功例、モデルケースとならねばならない。文書化などで社内の仕組みは整いましたが、これをもとに、環境配慮の各種取り組みやデータ測定、地域ボランティア活動の実施、顧客満足度の収集と分析、ジョブディスクリプション(職務記述書)の導入などを行う必要があります。そのためには既存業務を効率化して生産性を上げ、B Corpから求められる役割の実現という本来の業務外にある活動も重要となります。現在はまず、通常業務のマニュアル化や仕組み化による業務能率の向上に取り組んでいます。会社を中心とした社会環境配慮に正面から取り組み、その活動を持続できるよう、金銭的にも時間的にも、そして精神的にも余裕のある「営利企業」になれるように取り組まなければなりません。
井筒) 審査では製造業ということで「エネルギー集約型企業」と見なされ、特に電気使用や燃料使用が多く、資源を浪費しているのではないかと指摘を受けました。しかし海外のレビュー担当者が日本の縫製工場に詳しく、工場稼働電力をすべて再生エネルギーに転換していることで納得してもらえました。ただB Corpに参加している以上、今後もエネルギーへの取り組みについては考え続けなくてはなりません。企業規模に対して従業員が多いという指摘も受けていますが、これを減らすことはできない。ただ多様な働き方を考え、僕自身の意識も変えねばならないという実感もあります。個人的には環境配慮と同じかそれ以上に、従業員や地域社会に配慮した企業が増えてほしい。なにより人がすべてだと考えています。
山磨) 縫製業は女性が多い業界でもあり、女性活躍の面で高い評価を頂けたとも感じます。実際に育休産休などの長期休暇に入る前後で記入するフォーマットも新規作成しました。B Corpは認証を保持しつづけるために定期的な検証が続きます。ここに取得以上の難しさがあるとも言えます。中小企業では認証に使える経済的資源が限られ、今回は予算を抑えて点数化を進めました。依然として資本主義的な売り上げと利益獲得を第一義とするなかで、社会や環境への配慮をどこまで進められるかが一番難しい課題だと感じます。ただしあまりにコストをかけすぎると業績の圧迫、賃金減少にもつながりかねず本末転倒になる。この工夫の仕方、バランスの維持にやりがいがあるとも言えるでしょうか。
井筒) 想像以上に加点されたのはコミュニティの分野です。児島はデニム産業を支える会社が集積していますが、今回は岡山県西部・広島県東部・香川県沿岸部などが地域的にデニム関連企業のサプライチェーンを構成している点が注目され、加点対象となりました。会社の収益が地域企業の収益に貢献しているという点が評価されたようです。環境の分野では、製造工程で避けることの出来ない廃棄物に目を向けられました。NC PRODUCTSでは再生繊維を利用するなど、会社としても削減目標は立てていますが実現可能性は手探りの状態です。また当社は縫製工程を担っていますが、他にも洗い加工、染色といった環境負荷をかける工程を担う取引先もあります。本来はサプライチェーン全体で評価されるべき環境配慮ですから、これらは今後の課題点でしょう。これからは「デニム製造」全体の環境負荷を軽減できるよう、B Corp企業としての発信を強めていく必要があると考えています。
山磨) 企業は社会の公器と言われますが、その器をどのように設計するかが大きな課題です。そのひとつの処方箋としてBIAは有効ではないでしょうか。アメリカの認証ですが、従業員を家族のように扱う、お客様第一、地域の祭りを協賛で支えるなど、ある意味で古き良き日本企業的な精神を感じます。よくB CorpはSDGsつまり環境配慮の側面で語られていますが、実際にはそんなこともないように感じました。もちろん環境の得点は大事ですが、会社の特徴や制約条件に合わせ、他の領域で得点できれば問題ないという形で認証に多様性が見られます。BIAでも繰り返し問われる、多様性・公平性を重視する哲学が、B Corpの認証取得企業全体に表れている印象もあります。それぞれになにを大切にするかは企業次第で、自社では何ができるか、何が適しているか、と建設的に考えることが大事なのでしょう。井筒さんの発言にある通り、ナイスコーポレーションでは地域社会に対する貢献という側面が大きな加点対象となっており、やはりコミュニティの部分が特徴的に評価された部分がありそうです。
左:グループ会社ニッセンファクトリー株式会社の排水処理機
右:グループ会社の有限会社SUBJECT(最終出荷検品所)
コミュニティを重視するB Corpのなかで、どのような一員でありたいですか。
井筒) コミュニティの面からみると、たとえば児島という地域全体でB Corpを取得する未来も考えられます。僕の理念としては、草の根的にみなで手を繋いで利益を取っていきたい。ですから地域内で認証を目指す他社がいれば手伝いたい。一方で、環境にはまだまだ取り組みが必要だと考えています。オーガニック生地の利用を促進したいと考えていますが、他社よりも先に進んだ提案の必要を感じています。たとえば自社で排出したデニムくずを再生することで、B Corpというよりも、お客さまに思想を感じていただきたい。今後も繊維メーカーによる技術更新は続くと考えられ、その時々に応じた状況の判断をしたい。会社としては、染め直しやリペアなどで長く愛用していただく製品ケアにも取り組むことにしています。製品一着あたりの二酸化炭素量排出量の算定は難しい部分もありますが、今後の課題だと感じています。
山磨) ほかにも取得過程で、社員それぞれの一年を通した自らの仕事への自己評価や満足度調査を始めました。アナログであっても紙に書いてもらうことが重要です。いろいろ仕組みを作ったなかで、満足度調査や自己評価シートへの記載は手書きでお願いしました。口頭ですとその場で立ち消えてしまう部分もありますが、書くことで記録になり、記憶になります。自身で書くことで意識が顕在化することもありますし、人を介在していないので素直な声が聞こえます。従業員満足度調査、期末自己評価シート、意見箱、新入社員研修など、ボトムアップ・コミュニケーションの仕組みを整えることで、BIAではガバナンスや従業員の領域において、社内の透明性や従業員の満足度、心理的な安全性への加点に貢献ができているのではないかと感じています。
井筒) 社員それぞれの自己評価や会社に対するリアルな意見が顕在化・意識化されたことは大きく、僕としても新たな問題意識に気づくことができました。これに応えていくことで、より風通しの良い会社にしていくことが求められます。
岡部) こうしたボトムアップ・コミュニケーションはつまり、会社に意見を言ってほしいという姿勢を社員に示すことになります。それが根付くことで社内の議論が始まり、良い方向に向かっていくことを期待したいですね。
井筒) もちろんこれまでも社員の言葉に耳を傾けてきましたが、あらためて彼らが言葉にしてくれる安心感もありました。言語化されないままであったことが書面で伝わる。従業員が経営者に対して信頼感をもつと同時に、経営者が従業員に対して信頼感を持つことも今回の取り組みにおける大きな効果です。双方向のコミュニケーションを取ることで互いの信頼感を高め、より良い関係性を構築したい。B Corpの取得は目的ではなく、会社を変化させていくための手段に過ぎません。会社として次のステージにむかうための手段ともいえるでしょう。
B Corp取得に並行して、自社ブランド「NC PRODUCTS」を立ち上げています。こうした一連の新たな試みが目指すものを教えてください。
井筒) まだNC PRODUCTSは販売を始めたばかりで、効果分析ができていません。しかしすでに工場で働く社員の実感を高めることに繋がっています。日々の仕事はどうしても作業的に進みますが、自社製品は実感を伴うお客様の声が直接届きます。それは私たちにとって大きな励みになり、楽しみとなり、より良いものをつくろうという気持ちに繋がります。B Corpの取得と同様に、他者を意識することはコミュニティ形成における基本です。丁寧につくり、いいものを届け、受け取った人はそれを楽しみ、長く使い、不具合が出たら直してもらって、また使う。この循環が僕たちとお客様を繋げ、大きな価値を生む。ローンチ時にポップアップストアを行ったことで、デニムに対する強い思いを持つ人や新鮮な気持ちでデニムに触れる若者と出会いました。そういう声の一つひとつを拾い上げることでコミュニケーションのあり方はアップデートします。仕事の根源に立ち返りつつ、両者の関係に新しい価値を築くこと。これもまたB Corpが目指すものなのかもしれません。
左:NC PRODUCTS独自のサイクル
右:NC PRODUCTSのBASIC PANTS 001
山磨) 今後は年に一度、社会環境レポートを出したいと考えています。また社内で社会環境配慮の仕組みが活かされるよう、社員との面談や定例会を通じ、細かい修正を行う必要もあるでしょう。これらの取り組みを通じ、会社全体にB Corpの哲学や精神を共有・浸透させることも重要です。さらに各種ポリシーは毎期末に見直し、変更を行うように設定していますので、アップデートを欠かさず行います。
井筒) 今後は更新のたびにハードルが高くなりますし、始めた以上はより良くしたい。そして次回は今回取得した95.3点を上回りたい。キープではなくブラッシュアップによって会社をより良くしていくことは社員や地域への責任です。なにより実際にB Corpを活用し、企業として健全な発展を遂げた日本におけるモデルケースのひとつとなりたいですね。国内のB Corpコミュニティを見ていると、取得企業の絶対数が少ないこともありますが「取得」止まりになっているように感じられ、その後の認証の活かし方や成功事例に乏しい印象を受けます。また下請けやOEM生産を行う工場を持つ製造事業者として、どうしても廃棄物、エネルギー、労働条件などでB Corpの基準としては制約を抱えがちです。だからこそ現実に即した社会環境配慮の在り方を工夫し、実現していきたい。
岡部) B Corpは取得でなにかが始まるのではなく、継続的な問題解決の取り組みが求められるものです。コミュニティをもつことは現代的な認証制度を特徴付けますが、ナイスコーポレーションとしてコミュニティの中でどのような一員としてありたいか。スタンスが問われますね。
井筒) 僕らはアパレルの製造業ですが他の製造業でも認証取得は可能だと思います。日本の製造業は弱体化しているといわれますが、やはり日本でものづくりを続ける意義はあると信じたい。他分野も含め、製造業のみなさんとコミュニケーションをとることで事業の継続性を探っていきたい。おそらく多くの企業が抱える悩みはリクルートでしょう。少なくとも、今回のアクションで若い人たちに反応いただいたことは共有できるわけです。そしてやはり工場としてのものづくりをもっと評価されたいという根本的な思いがあります。
岡部) 今後、ものづくりの現場がもつ価値はますます高まるでしょう。井筒さんが指摘される問題は世界中が直面している問題であるとも思います。そのなかで日本は歴史ある会社も多く、そこに継続していくための特徴がある。製造業は特に技術を繋いでいることに価値があると信じたい。ナイスコーポレーションにはじめて伺ったときに感じたのは、先代の時代から続く人間的なものづくりの可能性。あらためてその文化に学ぶこともあるかと思います。井筒さんの特徴には自社の利益に留まらず広範囲での利益を求めていることも挙げられます。B Corpのような世界水準の規格に、日本では一般的な価値基準の一部が取り込まれていいようなものもあると思います。
山磨) 私も個人的に、会社に人間性をもたらす活動がB Corpの目指すものではないかと解釈しました。日本は高度経済成長期以降、その急激な経済発展の裏で人間性をおざなりにしてきた負の側面があります。それは人の孤独さや繋がりのなさ、環境問題などにも繋がりました。しかし職場とは、やはり人間の生きる場所の一つであることに間違いありません。企業の活動で見過ごされてきた優しさや思いやりのようなことを、仕組みを作ることで取り戻そうとしているのではないかと感じました。会社を人が生きる場として適切な場にしていく。ナイスコーポレーションの社内規定も、人間性を取り戻す内容を盛り込んでいくことになると思いながら作成を進めました。私自身の経験にも重なりますが、日本では組織で個人の人間性を尊重せずに離職へつながることも少なくありません。本来会社は働く人の個性を認め活かすことで、人本来の能力を解放する場となるべきにも関わらず、そこが評価対象や重視される風潮になっていません。私自身がそれに違和感を覚えたため、B Corpが従業員の個や人間性を尊重し、それを受け入れられる職場を作ろうとすることに共感を覚えました。
岡部) B Corpはいわゆる欧米型の認証制度として設定されています。しかしこれからアジアが経済をリードする時代のなか、既存の指標に則ったことで感じる違和感は重要かもしれません。これまで多くの企業は国際認証の取得に満足していました。けれどこれからは国際認証を取得した側から認証自体のアップデートに働きかけるべきです。ナイスコーポレーションも含め、さまざまな企業が認証のシステムにどんどん意見を伝え、働きかける時代です。
井筒) たしかにB Corpには、日本の企業文化にある精神的な繋がり、近隣とのコミュニケーションなどへの言及が少ない印象もあります。そこをもっとブラッシュアップしながら、B Corpだけに依存しない独自の企業風土をつくりあげていく必要があるでしょう。そうした文化的側面もしっかり発信することが、これからは求められるのかもしれません。いまは社員や地域とのコミュニティをしっかり形成し、ゆくゆくは同業他社や異業種とコミュニティを形成していきたい。その先にも、さらなるコミュニティの広がりと可能性があると考えています。
左 : B Labパリ支店
右 : 児島
B Corp特集 #02 会社を変化させていく手段 / 前編はこちらから
文 : 山田泰巨
写真(1, 2, 3, 4,枚目) : Shin Hamada (7枚目) : 曽我部洋平 (9枚目) : 北村 穣 (Rudesign / GO motion)
イラスト : LED enterprise CO., Ltd.
制作協力 : Sniite