B Corp特集 #01 世界の次なるスタンダードを目指します

Products Story

アメリカ・ペンシルヴァニア州の非営利団体「B-Lab」が発行する国際認証制度〈B Corporation(Bコーポレーション)〉。英単語の「Benefit(利益)」から頭文字の「B」をとった制度は、略称の〈B Corp(Bコープ)〉として日本でも知られるようになりました。彼らがフォーカスするのは企業のあり方そのもの。企業として説明責任を果たすこと、透明性を保ち、環境や社会に配慮した事業を行うことなどの基準をクリアすることで承認されます。NC PRODUCTSのプロジェクトをはじめるとともにB Corp取得に向けて動き始めたナイスコーポレーション代表、井筒伊久磨へのインタビューでその狙いと思いを探ります。


 

B-Corp取得の経緯を教えてください。

NC PRODUCTSのプロジェクトを立ち上げるなかで、クリエイティブディレクターとして参加するupsetters inc.の岡部修三さんからB Corpを紹介されました。プロジェクトとともに会社を見直すなかで、B Corpの謳う内容は、会社のあり方にも、プロジェクトの根幹にも繋がると感じたのです。ここで提示される価値観は普遍的な内容ですし、ものづくりの会社を運営する上で必要な取り組みの一つだとも感じました。最近は、国内のファッションメーカーやブランドもB Corp取得の動きが出ています。しかし彼らは企画販売を主力としており、私たちのような現場の縫製工場ではありません。これまでファッション産業の工場は、薄利多売、重労働、低賃金、とマイナスのイメージをもたれがちでした。そうしたイメージが強い工場だからこそ取得に意味があり、業界全体への問題提起も含まれます。なによりB Corpの内容は誰にとっても前向きなものと感じました。会社や社員個人に向きながら、社会的な関係性、コミュニティ、自然環境と、包括的な視点をもってすべてに優しいあり方を大事にしていることに共感したのです。

 

2012年にB-Corpをはじめて取得したのがアウトドア用品ブランドの「パタゴニア」です。もともと環境への意識が高いブランドとして知られていますが、取得後も常に認証基準を満たしています。また天然素材やリサイクル素材の使用で知られるアメリカのシューズブランド「オールバーズ」も取得しており、素材調達、デザイン、製造、管理、廃棄に至るすべての過程でカーボンフットプリント(温室効果ガス)を測定し、その削減に取り組んでいます。ナイスコーポレーションにとって取得のメリットは、どのような点にありますか?

国際認証ですから、海外にむけて言葉を尽くさずとも発信できることが大きいですね。私たちのような一地方の小さな企業が世界の企業と対等にコミュニケーションを図れることも魅力です。B Corpを取得した会社で構成されるオンラインコミュニティがあるのですが、このプラットフォームを通じて私たちの素材や技術に興味をもつ企業と対話ができるようになります。そして私たちの回りにも環境負荷の低減に向けて活動を行う企業は少なくありませんが、こうした取り組みの視覚化には難しいを感じます。それがB Corpの取得することで、企業として備えるべき社会的な素養があることを理解してもらえる「わかりやすさ」は魅力です。予想外の出来事としては、B Corpの認証取得に動いていることが若い社員から評価された点があります。とくに来春入社の社員からは認証取得への動きが入社の決め手になったといい、認証取得への動きが雇用にも寄与しています。

 

今後、B-Corpの取得は会社のあり方にどのような意味をもたらすのでしょうか?

会社はやはり会社法上、株主のもので利益配当が求められます。しかしB Corpは株主に向けた取り組みではなく、立地する社会、従業員、会社の存続を支えてくれる人に向かうものだと解釈しました。そしてこれからは、会社がどこに向かってビジネスをしていくのかが問われる時代です。直接的には株価上昇に繋がらないため、日本の新聞などではあまりいい印象で書かれていないように見受けられます。しかしだからこそ、新しい資本主義をデザインするためのツールになりえますし、私たちのような地方の小さな非上場企業で広がることに意味があるように感じます。すでに海外では自社の企業利益を第一とする企業より社会環境への還元を行う企業への投資に注目が集まっています。B Corpの取得は結果として会社の存続可能性を高め、安定した経営につながります。〈NC PRODUCTS〉への取り組みが会社を成長させ、私たちが良しとするものづくりを続けていく環境の継続につながる。これこそ成功のひとつのあり方だと思います。

 

B Corpの認証には、5項目200問を超える設問への回答およびそれに見合う社内規定の作成とレビューを経て、審査を受けなくてはいけません。また取得後も認証の更新が3年ごとに行われ、評価の更新、自社の取り組みに関するレポートの提出と公開が求められます。試験はどのように進められたのでしょうか。

試験の項目には解釈に幅がある内容もあり、私たちも提出に向けて評価軸を議論しながら進めました。そのなかで会社のあり方自体を考えていく過程に面白さを感じたのです。日本ではB Corp自体がそこまで浸透していないのが現状で、どうしてもSDGs的な文脈、金融寄りの文脈、やらなくてはいけないという責任で語られることが多いようです。しかし私たち自身のあり方を判断していく文化的な取り組みにこそ魅力を感じました。一方、B Corpの評価項目には日本の社会にフィットしていないものも見受けられます。アプライするなかで、国際的な視点や価値観そのものを知る面白さがありました。必ずしも欧米的なあり方がいいわけでもなく、日本的なあり方がいいわけでもありません。そこにこそ、自社のあり方を見つめる視点が生まれると思います。

 

B Corpの規約に沿った社内規定の制作が求められますが、これはどのような作業でしたか。

実を言うと、すでにあった就業規則を整理したという印象です。あらためて、労務士、税理士、行政書士らと労務基準や社会保険などを見直し、整合性を確認しました。結果的に大きく内容も変わることなく、作業を通じてこれまでの規約が間違いではなかったという自信も得られました。一方、感覚的な認識であった温室効果ガスや水資源の使用削減などの環境基準を明文化しています。さらにパワーハラスメント、妊娠出産へのハラスメント、セクシャルハラスメントの三つのみを禁じていたハラスメントの項目に具体性を持たせ、身体や精神の健康を損なった場合に雇用をどのように守るかといった内容まで踏み込んで規則を加筆修正、アップデートしています。そして労働災害が起こったときの状況分析、改善点の取り組み、事故の再発防止などのフローを明文化したことで、従業員に会社のあり方を伝えやすくなりました。どうしても制度策定はトップダウンにならざるを得ない面もあります。しかし会社に合ったものを詰めていく段階で従業員から意見を吸い上げていく過程が必要です。今回の取得過程が従業員との相互理解を深めることに繋がり、会社の環境改善にも繋がりました。

 

B Corpの取得にあたって求められていることは具体的になにかありますか?

B Corpを運営するB-Labから、半期に一度は従業員の満足度調査を行うよう求められています。そこには、会社で働くことでスキルアップが望めるか、会社に将来性を感じるかなどの質問が含まれます。さらに欧米的な価値観も含まれており、我々の文脈にどう落とし込むかを悩む部分がありました。たとえば質問項目に生活賃金を支払っているかが含まれます。これは法定最低賃金ではなく、文化的に高度な生活を送るための賃金を指す言葉です。日本の雇用文化で理解は難しく、そのベンチマークがありません。そこで私たちは残業込みで達する目標生産数を就業時間内に終えた場合でも残業代の賃金分を支払う仕組みを策定しようとしています。会社としては、そもそも残業のない職場環境の実現を目指しています。しかし残業時の賃金を給与に含むことを前提にした従業員にとって、ただ残業をなくしては経営側のエゴになる。頑張った分を還元するボーナスの仕組みで、効率よい働き方と社員の幸福度を高めていくことを実現していきます。そして私たち自身もまた、B-Labとの定期的な面談が求められます。

 

会社設備などの物的な見直しは求められましたか?

B Corp取得のために設備や製造ラインの見直しはほとんど必要がありませんでした。ただしより良い環境のために行動は必要で、いまは工場の電力を再生エネルギー100%に切り替えています。二酸化炭素排出量の可視化から具体的な削減方法などをサポートするベンチャー企業のサービスを活用し、電力や二酸化炭素排出量、端切れなどの廃棄物量を数値化してトラッキングし、それらの削減に取り組みます。今回の認証取得で客観的な指標が入り、結果として改善点がイメージしやすくなりました。解決すべき問題と改善策を考えるきっかけとなり、社員と共有しながらで浸透していく仕組みはありがたい。みなが足並み揃えられる内容を会社の目標設定に据えられそうです。

 

今後会社が目指していくものはどのようなものでしょうか。

B Corpの取得自体が目的ではなく、あくまで従業員が離れない会社づくりが目的です。従業員が離れる原因は、彼らに何かしら不満があることがほとんど。それは単純に給料面や待遇面に限らず、居心地の良さも求められます。弊社はここ数年ほとんど人が辞めておらず、従業員の世代も若い世代からベテランまでと幅広い。私たちの業界は仕事に飽きて辞めてしまう人も少なくはありませんから、刺激的な目標とそれによる達成感を得つつ、最終的には賃金に還元されていかなくてはいけません。今後は社員との共有がより重要になるでしょう。会社の業績説明とともに取得の進捗についても逐次報告していきます。

 

ナイスコーポレーションは、B Corporationに2023年4月5日付けで認証されました。
日本国内の企業では20社目、縫製業では初めての認証です。(2023年 4月現在)

 

インタビュー・文:山田泰巨
写真:曽我部洋平

 

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