ナイスコーポレーション代表の井筒伊久磨は、祖父母が営んでいた縫製業が、会社、そして自身の活動のベースになっていると語ります。「いまも祖父の膝の上で縫製を手伝っていた記憶が根強く残っています。それがNC PRODUCTSの原型といってもいいのかもしれません」。その原風景にあるのは、瀬戸内に浮かぶ児島の姿です。
国産デニム産地としての児島の歴史
古くは瀬戸内海に浮かぶひとつの島であった岡山県倉敷市児島。瀬戸内海のほぼ中心にあるため東西を結ぶ海上交通の要衝として栄えましたことが、『古事記』や『日本書紀』からも読み解くことができます。しかし安土桃山時代から干拓と新田開発が続き、江戸時代には本州と一続きになりました。こうして児島では塩田開発が栄え、その跡地で塩に強い綿花の栽培を始めたことから繊維産業が根付くことになります。明治時代に人々の暮らしが西洋化するとともに繊維産業も変化を続けました。足袋や輸出用織物などの生産は、やがて学生服や作業服に変化。同時にいくつもの紡績所が設立されたことで技術力の競争が進み、紡績業、撚糸業、染色業、整理業、ミシン業者からボタン製造業などが栄えます。児島で日本初の国産ジーンズが製造されたのは、東京オリンピック開催の翌年である1965年。さらに1973年には日本初の国産デニム地が開発されます。
ナイスコーポレーションの歩み
井筒の祖父、福市が縫製業を始めたのも1965年ごろでした。そして井筒の父、一彦は大手衣料メーカー、縫製工場での企画営業を経て、1990年にナイスコーポレーションを設立します。その跡を継いだ井筒はいま、「製造業として環境問題や社会問題に対して責任を持ったものづくりを行う工場にシフトしたい」と言います。2023年4月には環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる国際認証「B Corp」も取得しました。ナイスコーポレーションがこれまで積み重ねてきたものづくりを通じて、国内外のクライアントから支持を得た実感があると井筒は言います。そのものづくりを多くの人に伝えたいと感じたことが「NC PRODUCTS」のデビューに繋がりました。
「NC PRODUCTS 」 のデニムパンツ
「NC PRODUCTS」のデニムパンツライン「BASIC LINE」は、まず「見た目はシンプルですが、通常のデニムパンツにないディテールをもつもの」を目指したと井筒は言います。
「もっともこだわったのは、年齢や性別を問わずに楽しんでもらえるシルエットとフィット感です。ジーンズの代表的なディテールを参照しながら、これまでのジーンズにないスムーズなフィット感と美しいシルエットを追求しました。デニムでありながらスラックスの感覚で履けるパンツであるからこそ、私たちはこれをジーンズではなく、デニムパンツと表現しています。なにより臀部の収まりの良さにこだわれたのは、数々のブランドの製品を縫製してきた経験、そしてそこで培われた知識や技術があったからこそです」
「NC PRODUCTS」 パッチワークプロダクツのこだわり
また「NC PRODUCTS」は、通常の業務において発生するデニム生地の残反(生産過程で残る布)を使用したライフスタイルプロダクツ「PATCHWORK LINE」を展開することも特徴の一つとしています。デニム生地からパターンを切り出した後に大量の残反が残りますが、これらはいずれも質が良く、魅力的な表情をもちます。端材とはいえ処分をするのはあまりにもったいないと、井筒は長く課題意識を抱えていました。そこでこれらを再利用してクッションやラグなどのライフスタイルプロダクツとすることで、残反を魅力ある製品として届けることにしました。
通常の衣料品よりも細かなパーツをいくつも継ぎ合わせるために、工程数は多くなります。幾重にも布を重ねるため、厚みが増す生地の接合部を平たく抑える縫製技術が必要となります。その時々で残反が変わるため、購入には理解をいただく必要もあります。しかし、デニム生地の魅力、技術による使い勝手の良さを通じて、環境への負荷を低減する製品づくりを行うことは「NC PRODUCTS」の目指すあり方のために欠かせませんでした。
ナイスコーポレーションが目指す新しい工場の形
「社内にパタンナーがいますので、クライアントから依頼をいただいてパターンから作らせていただく製品もあれば、クライアントからいただいたパターンを忠実に作ること、先方と打ち合わせを重ねてディテールを修正してより良い製品化を目指すものもあります。私たちはグループ会社に、洗い加工、検品出荷の2社をもっており、彼らとともに最終的な納品まで一貫したものづくりを行えることも会社の強みです。そのなかで技術や知識が蓄積され、今回の自社ブランドへと発展しました。これを通じて、私たちの技術力、フットワークの軽さ、若いスタッフの感性を感じていただきたい。アパレルだけではなく、分野を横断してさまざまなクリエイターを支え、協業することで、新しい工場のかたちを目指していきたいのです」
また「NC PRODUCTS」はデビューコレクションに向け、繊維専門商社とともにツヤ感のある再生繊維をオリジナル生地として開発を行いました。井筒は環境に優しくないと長く謳われてきたアパレル産業を変化させていくためにも、「会社として、環境、社会、そして関係してくださるみなさんに対して優しいものづくりを続けていくことを最上のフィロソフィーであり、信念としたい」と語ります。これからのデニムづくりに向き合うなかで生まれた「NC PRODUCTS」。その展開にご期待ください。
文:山田泰巨
写真(1, 3, 4枚目):北村 穣(Rudesign / GO motion) (2, 5, 6, 7枚目):曽我部洋平